躊躇い(アガスティア行政区)



「かつての味方に滅ぼされるなんて、皮肉なものね」
 惑星アガスティアを脱出しながら、アガスティア行政区の総督だったサティーラナ・ジャナンタは苦笑した。
 彼女が敵に回したのはヘンリー・オールドソン。
 かつて地球軍の総大将だった老将は、今では改革勢力の総大将となって地球連邦軍の前に立ち塞がっている。
(行政区を護りきれなかった私を、連邦は許さないでしょう。かといって、元帥と同じ道に墜ちたくは、ないですね…。
 …イザナミ皇国あたりへの亡命を願い出てみましょうか)
 惑星アプサラスに借りた部屋で物思いにふけっていると、共に脱出したアンリータ・シャーンディが
かつての総督にかつての口調で報告書を読み上げた。
「メガリス行政区の惑星メガリスが陥落し、メガリス行政区はその行政機能を停止しました。
 ウェンディ・マークライト総督はファンロン共和国に亡命した模様です」
「…そう、ですか…」
「…総督閣下、顔色が優れませんが…」
「シャーンディ少佐…いえ、退役少佐。私はもう総督ではありませんし、貴女も私の部下ではなくなりました。
 もう総督閣下と呼ばれる謂れはありません」
「ですが総督…いえ、ジャナンタさん。貴女はどうなさるおつもりですか? やっぱり、地球にお戻りになられるのですか?」
 かつての部下の問いに、かつての上官は複雑な表情を見せた。
「もう、戻れませんよ…。戻ったとしても行政区陥落の責任を取らされるのは目に見えています」
「では、そうと…あ、貴女も何処かに亡命する、ということですか?」
「…そういうことになるでしょう。ただ、何処に亡命するべきかが問題なのです。
 候補地としてはイザナミ皇国を考えているんですが…」
 真剣に考えているジャナンタに対して、シャーンディが恐る恐る言った。
「…あの、ひとつだけ、無礼を承知で言って構いませんか?」
「はい?」
「…あの、総督閣下の巫女服姿…あまり似合わないと思います…」
「……ほ、放っといてくださいっ!」
「す、すみません〜!」
 さっきまでの緊張が完全に吹き飛んでしまった。
「…もう、相変わらず肝心なところで空気が読めないのね、貴女は」
「あう〜」
 説教を続けようとしたが、部屋の呼び鈴がそれを中断させた。
 応対に出たジャナンタが見たのは、見覚えのある軍服――アガスティア宇宙軍のものだ――を着た青年であった。
青年は名刺と封筒を彼女に手渡すと、一礼をして去って行った。
「誰ですか?」
 シャーンディがジャナンタに問う。ジャナンタが見せた名刺にはファンロン共和国宇宙軍広報部伍長の肩書きが見て取れた。
「ファンロン共和国ですか…」
「ねえ、シャーンディ。さっきの報告書のなかで、マークライト総督がファンロンに亡命したって言ってたわよね」
「は、はい。ですが国際的には、あそこに在るのは叛乱勢力の一派だけということになっています。
 ただ、無政府状態なので便宜上その呼称を用いているに過ぎません」
「もはやあそこは無政府状態ではありません。あの地域の治安は私たちが統治していたときよりも改善しています。
 それは、曲がりなりにも行政機構が機能しているということに他なりません」
「あの、そうと…いえ、ジャナンタさん、ひょっとしてもしかして、ここに亡命するなんて言いませんよね?」
「…えーっと、かつての部下を上司と仰ぐことに躊躇いを感じない人は居ないはずです。
 ですが、『身の安全を確約する』というこの一文に偽りが無ければ、私はこの申し出を受け入れたいと思っています。
 やっぱり、圧倒的な力に対抗できるのは、最終的には力だけなのかもしれませんね。認めたくは、ありませんが…」
 かつてのアガスティア行政府総督は、己の無力さを思い知ったような、悔しさを滲ませた口調で言った。
それは、目の前の、自分を慕ってくれたかつての部下に向けたものというより、むしろ自分に向けたものであったのかも知れない。
「…そう、ですか…。私は、彼らに与する気にはなれません。もしかしたら、総督…いえ、貴女とこんな風に会話できるのも、
 今日が最後なのかもしれませんね」 「…いつか全ての戦いが終結したとき、私たちはどんな風に再会するのでしょうか。
 願わくは、今日のように対等に話し合える関係でありたいものです」


Fin.


あとがき

ちょっと過去の記録をいじっていたら、自分でつけていたプレイ記録が出てきたので、
そこから面白そうなネタを拾って書きなぐってみたのだが…。
何しろSSをHTMLで書くなんてのは初めてのことなので、改行とかが不自然で読みづらいかも。
あと、ジャナンタ総督がうっかりファンロンに亡命してしまうのは筆者の記録から来ています。

原文(Ver1.27時代のもの):
(SC0522)
Turn30
ジャナンタが落ち延びてきた。寛大な将軍様、救いの手を差し伸べる(失笑)。
自分で書いててツボにはまりそう。
むしろ、こんな事を恥ずかしげも無く書ける人に拍手を(笑)。

はぁぁ〜、とうとう俺も羞恥心が揮発してしまったか…。
今後も、こんな感じで原文を出すことがあるかもしれません(無いかもしれません)。
それまで気長に待っていただければ幸いです。

2005/09/26 のー天気

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