止まり木(ファンロン共和国)



舳先を攻撃対象の惑星に向けながら、漆黒の星海を進む戦艦の群れ。
男は、ある艦の艦長室でしばしの休息を取っていた。
(…あと一週間か。今回の攻略作戦はおそらくすぐに終わるだろう。俺の仕事は、その後、か。)
机の上に散らばっている書類のなかの一枚を手に取り、改めて内容を確かめる。
(行政府の見取り図…か。必要にならないことに越したことは無いのだがな。)
見取り図を机に戻す。と、部屋のインターホンが来客を告げた。男は、手元のパネルを操作して回線を開いた。
「俺だ。」
『中将閣下、入室してよろしいでしょうか』
「…いいだろう。今開ける」
男はパネル操作で扉を開けた。入ってきたのは、まだあどけなさの残る少女であった。
男は、手近な椅子に腰掛けるように促した。促されるままに、少女は椅子に腰掛けた。
「さて、相談があるといっていたが?」
男は早速本題から切り出した。
「はい。そのことですが、わたし…いえ、本官は軍人に向いていると思いますか、中将閣下?」
「…中将閣下、か。俺には縁の無い言葉だと思っていたのだが、な…」
「…閣下?」
「何でもない。貴官はどう思っている?」
「それは…向いて…ないと、思います…」
「…もう少し、自分に自信を持ったらどうだ?」
「ですが…採用されてから失敗ばかりで…」
うつむいて、つぶやくように言葉を紡ぐ少女を視線から外して、男は過去を懐かしむように言った。
「失敗…か。そんなことは、気にしても仕方が無い。人間、誰しも失敗を犯すものだ。
 仕事慣れしていないうちは特にな。俺も若い頃はよく失敗して、その度 に上官に怒鳴られたものだ。
 …おそらく、誰もが通る道なのだろうな」
男が少女のほうに向き直ると、少女はうつむいたまま、肩を震わせていた。
「…どうした?」
「いえ、何でも、ありません」
返ってきた声は、涙声だった。
「ただ、少し父を、思い出して…懐かしくなってしまって…」
「…父を、か…」
(戦争とは因果なものだな。9年前のあの日、俺が戦った艦隊の司令官がこの娘の父親だった。
 彼もまた名将だったが、あれに巻き込まれて死んだことになっていたな)
男が事前に知らされた少女の情報をふと思い出し、男はつぶやいた。
「…ところで少佐、貴官は何故軍人を志した?」
「…宇宙に居れば、父に近づけるような、気がしたんです」
「父と同じ仕事を、選んだのか」
「はい…でも、そんな中途半端な気持ちで、こんなところに居たら、迷惑ですよね…」
「…貴官の父は、優秀な軍人だった。おそらく、あのオールドソン元帥よりもな」
「…閣下、…父を、ご存知なのですか?」
「ああ。彼とは一度だけ、戦場で砲火を交えたことがあるが、とにかく強かったことを覚えている。
 一度だけでも、彼と酒を酌み交わしてみたかった。だが、あの事件でそれも叶わぬ夢となってしまったが…な」
「…閣下…でも、私は…」
「弱気になりたい気持ちも分かる。だが、両親を失って、頼れる親戚もいない中で、士官学校を主席卒業したそうじゃないか。
 それだけ必死にやって来れたということは、貴官の気持ちはそれだけ強かったということじゃないか?」
「……」
少女は押し黙ったまま、涙をあふれさせていた。
男は、何も言わずにハンカチを取り出し、手渡そうと少女に近づいた。が、少女は男の胸元に顔をうずめて、嗚咽し始めた。
「…ど、どうした?」
「いえ…すみません…。少し…淋しく…なってしまって…。少しだけ…、胸を貸してください、…閣下」
「…仕方あるまい。少しなら、部下のために貸してやろう」
「…ありがとう…ございます…」
普段は年齢以上に大人びて見えていた少女だが、このときの彼女は孤独を抱えた16歳の少女でしかなかった。

「…どうだ、気は済んだか?」
「…はい…こんな我が侭を聞いてくださって、ありがとうございました」
「部下の面倒を見るのも、部下の悩みを聞くのも上司の仕事だ。例には及ばない」
「では、わたし…いえ、本官はこれより職務に戻ります。失礼しました」
少女は一礼して、退室した。
扉が閉まると同時に、机に据え付けられた内線を通じて、別の男の声が聞こえてきた。
『ほう…、なかなか隅に置けないじゃないか、シュウ中将閣下』
「茶化さないでくれないか、モーガン大将。ああいう状況に対処する方法は学んできていないんだ。
 惑星の治安維持とは勝手が違う」
『その割にはなかなか上手く対処したじゃないか。あの男のことといい、意外と才能はあるんじゃないか?』
「…いつから盗み聞きしていた?」
『クレールヒェン少佐が入室したあたりからかな』
「初めから聞いていたのか。…まあいい。それより、もう交戦状態に入ったのか?」
『あと1時間前後で交戦状態に入る予定だ』
「了解した。俺も制圧部隊の準備を済ませておく。しくじるなよ」
『その言葉、そっくり貴官に返してやろう』
「当然だ。ダンビュライトの大暴動を鎮圧した部隊でしくじってたまるか」
シュウ中将と呼ばれた男は、そういって内線を切った。


Fin.


あとがき

どこまで堕ちれば気が済むんだろう…。
そう思いながら書き進めていましたよ。
とはいえ、シュウとアーデルのカップリングが、「酒飲み狂詩曲」を書き上げてから時間を置かずに降臨。
そのせいでガシガシと書き進んでしまったとさ。
でも、書けば書くほど違和感とか違和感とか違和感とか違和感とか違和感とかが爆発的に増殖。
相変わらず、文才は欠片もないなと思いながら、壮大な後悔を振り切って公開に踏み切った俺。
もう、勝手にしろ、と言ってみる(自分のことだろーが)。
…ヤバい、もう次が降って来そうだぁ〜(泣)。

2005/10/22 のー天気

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