困窮の果てに(メガリス行政区)



「た、大変です!W.L.T.Cの艦隊がメガリスに向けて発進した模様です!」
普段はおっとりとしているアミネー・ナトワル少佐が取り乱していた。
「くっ、ドックに残っている艦艇の数を報告しろ!」
メガリス行政区の宇宙軍を統括している、オーレリア・サリーナス少将の怒号が響きわたる。
「レベリギウス11、エウクレイデス6、スコル9、フレスヴェルグ8です!」
「くそっ、どう考えても足りない!連邦は何をもたついているんだ!」
「…れ、連邦からの連絡が入りました!」
「何と言っている?」
「『我々は今回の事態への介入を時期尚早であると考えている。従って、メガリス行政府側の要求には
 応えることが出来ない。行政区側での早期決着を願う』…だ、そうです…」
「くそっ、連邦はアガスティアだけでなく我々をも見殺しにするつもりか!」
サリーナスが再び声を荒らげた。連邦側の意図が読めないことへの苛立ちが語気を強めさせた。
そこへ、ウルリッヒ・ベギリスタイン准将が、やはり取り乱した声で割り込んできた。
「た、大変です!ブラオローゼ公国が地球連邦との同盟条約を破棄し、我が行政区に開戦を通知してきました!」
「くそっ!今日は厄日か?どうしてこう悪いことが重なるのだ!」
「お、落ち着いてください、少将閣下!」
「これが落ち着いていられる状況か!とにかく、今ある艦艇を総動員させてメガリスを護りきるしかない!」
「そ、そうですね、了解しました。直ちに戦闘配備につきます!」
ベギリスタインはきびすを返してドックへと走っていった。彼が視界から消えるのを確かめると、サリーナスはナトワルに言った。
「…とはいったものの、度重なるW.L.T.Cの攻撃で既にメガリスの衛星は満身創痍だ。
 おそらく、この戦いには負ける。そして、おそらくは連邦崩壊の序曲となるだろう」
「少将閣下…、やはり、そう思いますか…」
「私はあくまで事実を述べたまでだ。連邦の連中と違って、私は現実主義者なのでな」
「…勝ち目がないと分かっていてもなお、戦うのですか?」
「当然だ。いかに勝ち目の無い戦いといえども、護るべきものを護る努力は必要だ」
「首都を制圧されたら私たちはどうなるんでしょうか…」
「…まあ、軍は解体されるだろうな。さすがに処刑まではされないだろう」
「軍が解体されたら、どうなさいます?」
「さあな。考えたことも無い」
「これを期に退役して、家庭を持つのも悪くないと思いますよ?」
「退役…か。私には出来ないよ。私は17で仕官してから今まで、軍人一筋でやってきた。
 …今から違う生活を送れと言われても、きっと無理だ。私の居場所は…戦場にある」
「閣下…」
「…さて、仕事を始めるぞ。」
「了解!」
二人の女性士官は、メガリス行政区宇宙軍としての「最後の」会戦に臨むべく、ドックへと走り出した。

…その40分前、行政府の執務室にて。

「何ですって?アガスティアが反乱軍の手に落ちた?どういうことですか?」
メガリス行政区の総督、ウェンディ・マークライトは混乱した様子で聞き返した。
「そのままの意味よ。アガスティアが、フリーダムトーチ共和国の艦隊に制圧され、行政区が機能を停止した。
 これ以上でも、これ以下でもないわ」
聞き返された白衣の女性は、単純に事実を述べただけなのだが、どうやら取り乱したお飾り総督の耳には届いていないようだった。
「そんなはずはありません!あの反乱軍にそれほどの戦力なんて無いはずです!」
「それがあったのよ。ヘンリー・オールドソンって名前に聞き覚えは無いかしら?」
「当然です。イリアスの住民に対する無差別大量虐殺の責任を問われて退役させられた元帥でしょう?彼がどうかしたのですか?」
「その元帥が、フリーダムトーチの宇宙軍に参加しているのよ」
「あり得ないわ!」
「信じたくない気持ちも分かるけど、残念ながらこれが現実なのよ」
「なら、どうしてジャナンタ総督は連邦に協力を仰がなかったのです!」
「救援要請はしていたわ。だけど、連邦は動かなかったわね」
「じゃあ、連邦はアガスティアを見殺しにしたのですか?」
「そういうことになるわね。そして、この行政区もきっと見捨てられているわ」
白衣の女性は、少し声のトーンを落として言った。
「…どういうことです?」
「ユグドラシルから、W.L.T.Cの大艦隊がこの惑星に向かっていること知ってるわよね?
 それで私は、連邦側に救援を要請したのよ。でも、連邦側は時期尚早を理由に断ってきたわ。これほど追い詰められているにも拘らず、ね。
 連邦が行政区を見捨てていると考える根拠はここにあるわ」
「…なら、私はどうすればいいんですか!」
「まったく…それを考えるのはあんたの仕事でしょ?私はそういうことは専門外なのよ」
「もぉ、どうして私ばっかりこんな目にあわなきゃいけないんですか?」
マークライトの声が涙声に変わる。のしかかる重圧に負けてしまったのだろう。
「はいはい泣かない泣かない。もうみんな動き出してるから、あとは防衛戦の指揮を執ってくれればいいわ。
 あんたの部下はみんな必死にやってくれてるんだから、あんたもしっかりしなさいよ」
白衣の女性が弱気になった総督に、厳しい口調で言った。何だかんだ言っても、積み重ねてきた人生経験の量が違うのだ。
育て方はともかく、娘を一人、一人前に育て上げただけのことはある。
「どう?できる?」
「…そうね。私にはこの星系を守りきることはできないかもしれないけど、私についてきてくれた軍務官の方々の努力に応えられるよう、やってみます」
白衣の女性の言葉が効いたのか、マークライトは落ち着きを取り戻した。
「良かった。じゃあ私もドックのほうに行かなきゃだし、そろそろ失礼するわ」
「ちょっと待ってください!」
部屋を出ようとした白衣の女性を、総督が呼び止めた。
「ドックに行くって、どういうことですか?」
「当然、出撃するためよ。悪い?」
「出撃ってあなた、艦隊の指揮なんてできるのですか?」
「出来なきゃ初めから言わないわよ。喧嘩にも自信あるって言ったでしょ?」
「艦隊戦を喧嘩と一緒にしないで下さい!」
「やり方は違っても、やることは変わらないわ。敵を倒せばいいんだから、敵から目を離さないで、的確に攻撃を命中させる。それだけの事だわ」
「…もう、好きにしてください」
結局マークライトは、白衣の女性をドックに送り出し、自らも防衛部隊へ指揮を送るために、管制室へと向かった。

――星刻暦522年 第36期…メガリス行政府は、その機能を完全に停止した。
Fin.


あとがき

どうやら風邪をひいてしまったようだ。のどが痛い。
しかし、これを思いついてしまったので上げてしまう。何やってんだよこんな夜中に。
しかも、文章の大筋は25日あたりには出ていたんだな、これが。
最初は3人の軍務官の焦燥と狼狽だけだったが、そこで妄想の種が一気に開花(笑)。
サリーナスとナトワルの対話を挿入。さらにお馴染みのマークライトとジリアンの掛け合い漫才(や、そんなもんじゃないですよ?)を追加。
気付いたらなかなかの行数に。80行も書いてしまうとは…。
床に就いたらまた次のネタが湧き出してきそうで実は恐かったりする。
また、次の作品が出たら眺めて頂けると嬉しいです。
BBSに感想を頂くと、背中に火がついて次のSSが出やすくなるかも。あんまり燃料くべられると倒れたりするかも。
…はあ、早く風邪を治さねば…。

2005/10/30 のー天気

2006/11/19 追記:読み返して気になった言い回しとかを修正。
あと、サリーナスさんはきっと戦場が恋人なんだと思うんですよ。だからきっと独身だと…。


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