ある旅人たちの物語


第0話 選ばれてしまった者たち



 その大地は、単に『大陸』と呼ばれている。
 『大陸』に住まう人々にとって、『大陸』は世界の全てだ。
 だが、世界の全てを知るものはいない。
 
 その大地には、物理法則を捻じ曲げる力を持つ者たちがいる。
 彼らはそれを魔術と呼んでいる。
 だが、その力の源が何であるか、それを知るものはいない。
 
 その大地には、奇跡と形容するほかない業を使う者たちがいる。
 彼らはそれを神の御業と呼んでいる。
 だが、その力の源たる神の正体を知るものはいない。
 
 その大地には、破壊の限りを尽くす異形が潜んでいる。
 『大陸』に住まう者たちは、それをモンスターと呼んでいる。
 人類は、生き延びるために、モンスターと戦う道を選んだ。
 それ以来、人類とモンスターの生存競争は続いている。
 
 その大地には、モンスターと戦いながら『大陸』を流離う者たちがいる。
 彼らは、己自身を冒険者と称している。
 冒険者たちは、自らの目的を果たすために戦いの場を求め、流離い続けている。
 
 その大地は、単に『大陸』と呼ばれている。


 清清しく晴れた秋晴れの空の下、秋色に染まった山道に、黄色い声が響いていた。
 声の主は、6人の少女たちであった。
 彼女たちは駆け出しの冒険者で、ちょうど初仕事を終えて帰途に就いているところであった。
 冒険者を名乗るために必要な資格はただひとつ、冒険者を名乗るに足る実績を挙げることだけだ。
つまり、正確に言えば彼女たちはまだ冒険者ではない。だが、彼女たちが街に戻り仕事の報酬を受け取れば、その瞬間から彼女たちは冒険者として認識されることになるのだ。
 彼女たちが引き受けた仕事は、街道近くの洞窟に棲みついたモンスターの駆除という、比較的よくある類のものであった。
 冒険者を志す者は常に絶えないが、冒険者を名乗れるようになるのはそのうちのほんの一部だけだ。彼らの多くは初陣に出たまま、永遠に帰ってこないからだ。
 彼女たちは幸いにも、冒険者を名乗る資格を得たようである。
 西に沈みつつある夕日の色に染まった山あいに、彼女たちの黄色い声が響いていた。

 6人の中で一番背の低い少女が、初仕事が終わった興奮冷めやらぬといった様子ではしゃいでいた。
 「やっぱりレイナはかっこいいよ!あんなでっかいモンスターを一発で仕留めちゃうんだもん」
 「…別に、大したことじゃない。それに、ああいう化け物を倒すのが私たちの仕事のはずだ」
 レイナと呼ばれた、腰に刀を提げた少女は、背の低い少女とは対照的に冷静な口調でそう言った。
 背の低い少女は、それでもレイナを褒めちぎる。
 「それでもさ、自分より大きなモンスターに向かっていけるのは、やっぱり凄いよ!」
 「…私だって、みんながいるから前に出れるんだ。みんなを守るために、この刀を携えているんだから」
 レイナは、相変わらず淡々と言う。と、その脇から赤髪の少女が不服そうに口を挟んだ。
 「クロア〜、あたしだって活躍したじゃない〜!」
 「あー、そういえばそうだったねー。敵の大群に突っ込んでいって大怪我するほどの大活躍だったねー」
 クロアと呼ばれた、背の低い少女が皮肉たっぷりにそんなことを言った。その一言が赤髪の少女の逆鱗に触れた。
 「何それ〜、あたしに喧嘩売ってるのぉ?!」
 「別にー。ルチアが敵に突っ込んでいって大怪我したのは事実でしょー?」
 「何よ何よぉ〜!あたしが止めてなかったら大怪我してたのはクロアのほうだったんだからね!」
 ルチアと呼ばれた赤髪の少女は、身を挺して守ってやった背の低い少女からのあんまりな言葉にたいそうご立腹の様子。
だがクロアはさらにルチアの神経を逆なでするようなことを言ってのける。
 「アタシの見せ場横取りしたのはルチアのほうでしょー!」
 「何よ何よ何よぉ〜!クロアのこと心配してあげたのにそういうこと言うのぉ〜?」
 もう我慢の限界、といった様子のルチア。その喧嘩に碧い髪の少女が割り込んだ。
 「なんやなんや、喧嘩なんかして。仕事は成功したんや、もっと嬉しそうな顔しぃや」
 青い髪の少女は、ルチアとクロアの間に割って入りながら、独特の口調でレイナに声をかける。
 「それに、レイナちゃんも随分シケた顔してんなぁ。何か気に入らんことでもあったん?」
 「…一応、私だって嬉しい顔をしているつもりだが?」
 「えー、ウチにはそんな風に見えへんけどなぁ」
 そんなことを言いながら碧い髪の少女は、喧嘩の勢いをそがれた二人をほったらかしてレイナの顔を覗き込んだ。
そこに、さらに別の声が割り込んできた。声の主は、肩くらいまで金髪を伸ばした、僧侶風の少女だった。
 「レイナちゃんがよくしゃべるときは、機嫌がいいんだよぉ。あんな格好いいことは普段絶対言わないもん」
 「へー、そうなんや。さすがリリスちゃん、レイナちゃんのことには詳しいなぁ」
 リリスと呼ばれた金髪の少女は、とても嬉しそうに話を続けた。
 「昔っから無口であんまり感情を表に出さなかったからなぁ、レイナちゃんは。
 でも、喜怒哀楽はけっこう表に出てるって事に気付いてから、あの子も普通の女の子なんだなぁって。
 人見知りが激しくて、話をするのがちょっと苦手なだけなんだよね」
 どうやら、リリスはレイナとは長い仲らしい。その話を聞いた蒼い髪の少女は、レイナの顔を覗き込むようにして言った。
 「へぇ、こんなべっぴんさんやのに、もったいないなぁ」
 「…私はカリンさんみたいに話上手じゃない。だけど、話下手で困ったことも無い」
 余計なお世話だ、と言いたげにレイナが口を挟んだ。口下手なことは、彼女も一応気にしているらしい。カリンと呼ばれた、蒼い髪の少女は、諭すような口調で言い返す。
 「そりゃ話下手でも死にゃあせんけどなぁ、女の子は恋してナンボのモンやで?
 いい男の一人や二人、レイナちゃんの美貌があればちょろいモンやないか」
 「…男には興味ない」
 「なによー、若いうちに恋愛経験しないでいつするってのさー!」
 突然、紅茶色の髪の少女が話に割り込む。
 「レイナさんは私よりも可愛いんだからさー、きっといい恋が出来るって!」
 「…い、いや…その…」
 何故か口ごもるレイナ。それを察してか、碧い髪の少女が話の腰を折る。
 「なんやアヤちゃん、恋愛話と聞いてまた食いついてきたな?」
 「そ、そういうわけじゃないけどさ…」
 アヤと呼ばれた、紅茶色の髪の少女は思わず口ごもる。図星だったのか。そのやり取りを眺めていたクロアが余計なことを言う。
 「カリーン、あんまりアヤをいじめるなよー」
 その一言に、カリンが慌てて言い返す。
 「ウチがアヤちゃんをいじめる?ウチがそないなことするわけあらへんやろ!」
 「そうなのよー、聞いてよクロアちゃーん。カリンちゃんったらいっつもこんな風に私のことをいじめるのよー」
 「あー!そーやってウチを陥れようって魂胆か?」
 激昂したカリンが喚きたてる。その光景を半ば面白がっているアヤとクロア。
 そんな様子を遠巻きに眺める他の3人。年頃の少女たちらしい、他愛の無いからかい合い。
 冒険者という肩書き以前に、彼女たちは少女であった。

 夕日が遠くの峰にかかる頃、レイナが『異変』に気付いた。
 「…道が…崩れてるな」
 薄闇でもはっきりとわかる赤土の斜面。彼女たちの目の前で、街道はプッツリと途切れていた。
 10メートルほど先に、道の続きらしきものが見えるが、この斜面を抜ける術は失われていた。
 その状況を見て、レイナが出した結論はこうだった。
 「…どうやら、今日は野宿するしかないようだな」
 「えー、野宿ー?」
 露骨に嫌そうな顔をしたのは、クロアだった。レイナが切り返す。
 「…藪の中を突っ切るとか言うなよ?」
 「言わないよ!言わないけどさ…」
 「…安心しろ。この近くに山小屋がある。そこで一晩過ごそう。」
 「んもぉ〜、じゃあ初めからそういってくれればいいのにぃー!」
 「何や、レイナちゃん、冗談も言えるやないか」
 「…いや…別にそんなつもりでは…」
 そんなやりとりをしつつ、彼女たちは街道を引き返し、今晩の寝床となる山小屋に向かった。
 だがこの時、もう少し日が高かったなら、ある違和感を抱いていたかもしれない。
 レイナが『崩れた』と判断した斜面の真下には、僅かな森と平凡な渓流があった。
 しかし、これほどの大崩落があったにもかかわらず、それらは何事も無かったかのようにそこにあるのだ。
 『崩れた』はずの土砂はどこへ消えたのだろう?と。

 山小屋は、街道からわずかにそれた雑木林の緩斜面に建っており、街道を行き交う旅人の避難所としての役割を担っている。
近くには小さな泉があり、多量ではないが綺麗に透き通った水が湧き出している。
 木々の合間から差し込む夕焼けの光に紅く染まるその小屋に、先客はいなかった。
 「うん、わたし達が一番乗りみたいだね」
 小屋の中を一通り見回して、アヤが言った。彼女は、この冒険者一行の中では、偵察や開錠などを担当する役回りであるらしい。戦場では、弓矢で味方を支援する役目を担っている。
 「アヤー、早くご飯にしようよー。アタシもうお腹ペコペコー」
 そんなことを言い出したのはクロア。見た目だけでなく言動もどこか子供っぽい。だが、ひとたび戦場に立てば、近寄る敵をメイスと呼ばれる鈍器で殴り倒す戦士の顔に変わる。
 「その前に水浴びさせてよ!前に出てたあたしたちは返り血まみれなんだからさ!」
 これはルチア。『あたしたち』と言っているが、6人の中で服や鎧が返り血にまみれているのはレイナとルチア、そしてクロアの3人だけだ。
他の3人は、少なくとも返り血を浴びるような場所には立っていなかったようだ。ちなみに、彼女は細身の剣と火を操る魔法を使い分けて戦う剣士だ。
 「そうだよねぇ。怪我は手当てできるけど、そういうのは臭いが染み込む前に洗うしかないもんねぇ」
 間延びしたような声はリリスのものだ。彼女の言う手当てとは、神の御業のひとつで、傷を負った者の治癒力を爆発的に高めて傷を治癒する業のことである。
単純骨折や刺し傷くらいまでは、この業によって傷跡も残さず瞬時に治癒できてしまうのだ。
 「せやな。ウチらが大して怪我せずにこうやって帰れるんも前に立ってくれた3人のおかげやからな。他の旅人がここに来んうちに軽く水浴びでもしてきたらええんとちゃう?」
 これはカリン。一行の財布を管理する役回りのため、実質的には彼女がこのパーティの意思決定者である。
また、戦場においては土を操る魔法で戦い、さらには様々な薬――魔法の力の籠められた物も含む――を調合する技術の持ち主でもある。
 「…では、そうさせてもらう」
 これはレイナ。普段は言葉少なで、必要最小限のことしか喋らない。
だが戦場では、迫る敵を愛用の刀で両断するパーティの剣として、また敵の攻撃を一手に引き受けるパーティの楯として、常に最前線に立つ存在だ。
それゆえに、彼女はパーティの中で最も厚い信頼を受けている。

 山小屋に到着してからおよそ2時間後。夕食を済ませた6人は、早くも床に就く準備に入っていた。仕事を終えた興奮が収まるのとともに、強い眠気が彼女たちを虜にした。
彼女たちは寝袋に包まると、いくばくもなく眠りに落ちてしまった。
 とても、静かな夜であった。木々の合間を通して山小屋に差し込む月光のほかに明かりはなく、かすかな木々のざわめきと虫の声、そして駆け出し冒険者の寝息の他に、その静寂を乱すものはなかった。
 静かな夜は、このまま何事もなく過ぎようとしていた。

 激しい揺れが山小屋を襲ったのは真夜中のことであった。
 その揺れで飛び起きた彼女たちを、次に襲ったのは浮遊感であった。
 果てしなく落ちてゆく感覚。彼女たちの脳裏に『死』という単語がよぎった。
 吐き気さえ催すような浮遊感の中で、彼女たちは気を失ってしまった。

 翌日の昼ごろ、休憩のつもりでこの山小屋を訪れた旅人が、その異変に気付いた。
 地図に記されている山小屋の一つが、消えていた。
 正確に言えば、山小屋のあった場所がえぐれて赤土が露出していたのである。
 「崖崩れ…か。巻き込まれた旅人がいなければ良いが…」
 そんなことを呟きながら、旅人はその場を立ち去った。
 …しかし、彼がもう少し注意深い人物であったなら、そんな結論は出さなかっただろう。
 それは、崖崩れではない、別の何かであることだけは間違いなかったが、彼がそれに気付いたとしても、それ以上の結論を導くことはできなかっただろう。
強いて言えば、『山小屋ごと空間が切り取られた』という非現実的な話をこじつけるのがやっとだろう。
 山小屋のあった場所の近くの木々のうちの何本かは、真新しい傷跡を晒していた。
しかし、その傷跡はどれもスプーンか何かで抉り取ったかのように滑らかで、抉り取られた部分はあたりには見当たらないのだ。
さらに、山小屋のあった場所自体も、同様に滑らか過ぎる断面だけを残し、その上にあったはずのものはどこにも見当たらなかった。
 ただ、山小屋のあった場所を中心に、半径約8メートル、深さ約3メートルのくぼ地が、滑らか過ぎる断面を晒してそこにあるだけだった。

続く


あとがき

うん、「また」なんだ。また、書き直しをしてしまったんだ。
衝動に任せてキーボード叩いてるんだな、自分。と、改めて思った。
思い出したように続きを書き始めたんだが、そこでまたも足りない描写に気づき、それを書き足す。
…こんなんで、ホントに先に進めるんだろうか…?

2011/01/09 のー天気


以前のあとがきも残しておきます。

あとがき

4年ぶりに、これの原稿を読み直していたら急にむらむらきてしまいました。
『これの続き、書きたい』
完全に衝動だけで突き動かされて続きの原稿を書き始めたところで、別の問題が浮上してきたのです。
『説明が…すごく…足りないです…』
改めて原稿を読み直すと、まあ気になる点がざくざくと…w
説明だけでなく、細かい描写も何もかもが足りない。
で、結局文章を半分くらい差し替えた上、大量に描写を追加することに。
これで、何とか少しだけマシなところまで改善することができたと思っています。
なんというか、やっぱり後悔してたんだ、自分。

…とはいえ、肝心の続き部分の方向性が完全に定まってはいないというのもまた事実で。
どうやら、また待たせることになりそうです。

2010/04/14 のー天気


あとがき

かなり久しく何も書いていませんでしたが、ちょっと気分転換とリハビリの意味もこめて書いてみました。
実のところ、かなり見切り発車での公開だったりするので、結構後悔しそうな予感がします。
まあ、今さら後悔しようが何しようが知ったことではありませんけどね(開き直り)。

なお、今回の作品に登場した6人の少女たちのキャラクターの原案は、フィアレーテさんから頂いたものです。
この場を借りて御礼申し上げます。
2006/07/30 のー天気

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